毎朝ワクワク飛び起きたい!マッキンゼーからestieに転職しました

こんにちは!
7月にジョインした橋爪です。

estieでは事業開発をメインに働いています。
この記事では、転職した経緯とestieでの日々について紹介して参ります。

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【 プロフィール 】
橋爪 捷(はしづめ しょう)
1995年アメリカ、ニューヨーク生まれ。
University of Pennsylvania, Wharton School学部卒業後、2017年にマッキンゼー・アンド・カンパニージャパンに入社。

ヘルスケア、製造業等のクライアントに対して中長期戦略・オペレーション改善・トランスフォーメーションのプロジェクトに従事。
2021年7月よりestieへ参画し、事業開発を担当。


「自分のやるべき仕事はコンサルタントじゃないかもな」と1月の大阪の空をぼーっと眺めていました。

学生時代と就活

実家はニューヨークの居酒屋。
生まれてから22年間アメリカで過ごしたのですが、就職先は「コンサル x 日本」を選びました。

「長期的には日本社会に貢献したい」や、「日本ってごはんもおいしいし過ごしやすいから」などの理由もあったのですが、「活躍できるイメージ」が持てたので日本への移住を決めました。

大学ではファイナンスを専攻しており、550人いる学年の3/4が投資関係かコンサルに就職しました。自分は数字を多く扱う金融業界より、人と多く関わりそうなコンサル業界に絞って就活を開始。

たまたま大学の知り合いからマッキンゼーの東京オフィスが海外大生の採用を始めたらしいと聞き、採用担当の方にメールを出したのがマッキンゼーの東京オフィスに新卒入社したきっかけです。

新卒でマッキンゼーに就職してから

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入社1年目。プロジェクトメンバーと

入社してから最初のプロジェクトでもらったアドバイスはもっと「スパイキー」になること。意味は突出したスキルが確実に1つあることで、他のスキルは最低限できていればOK。

「スパイキー」を初めて目の当たりにしたのは、初めてのマネージャであるHさんに対してでした。どんな凍りついた雰囲気も盛り上げ役に徹して打破できるし、彼と話すと誰もが自然とやる気になるスキルを持っていました。

そんな圧倒的なスキルは真似しようとしても真似できません。彼のようになりたいと思う気持ちよりも、代わりに自分には何ができるんだろうと悩み続けました。

そして、入社1年目は多くの「死にスタ」(マッキンゼーでの炎上プロジェクトの略称)に配属され、かなりハードな1年となりました。

自分でプロジェクトをどうにかしなければならない日々。月曜日の朝はいつも「今週も無事に乗り切れるのかな」とため息をつきながら携帯のアラームを止めていました。

たくさんの修羅場

守秘義務の関係であまり詳しく話せないのですが、印象的だったプロジェクトを思い出しながら書いてみます。

入社半年後に配属されたプロジェクトは、毎日のようにニュース記事が出るほど社会的に注目されているものでした。社内でも重要プロジェクトと位置付けられており、チームのプレッシャーは非常に大きいものでした。

また、クライアントとのコミュニケーションが難航したこともあり、チームはかなり厳しい状態でした。当時のことは忙しすぎたせいかあまり覚えていないのですが、最後の数週間はやるしかないと思いかなりの量の業務を巻き取って、週末もクライアント先に行きエクセルを作りこんでいました。

最終的にはクライアントから「はっしー」と呼ばれるくらいに仲良くしていただき、入社半年ながら国内有数の大企業の取締役や社長相手にプレゼンの機会をいただくなど、非常に良い経験をさせてもらいました。

この様なプロジェクトが続く大変な1年でしたが、「課題を特定すること(なんかやばそうだなっていう嗅覚)」が自分のスパイキーな部分であり、プロジェクトの経験を経てより磨かれてきたと感じます。自分で言うのは少し恥ずかしいのですが。
今スタートアップに転職して色々任せてもらえるのもそういう経験があるからこそ。そう切に思います。

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最終出社日。新しい挑戦を応援していただきました

なぜ転職することにしたか

「スパイキー」な先輩たちと、大変ながらも学び多い日々を送っていましたが、入社2, 3年目くらいから、朝ベッドで目覚めた時に特段仕事に行くのが楽しくなくなっていきました。

仕事が楽しくないから徐々に仕事に行きたくなくなり、朝も起きられなくなるように。

「自分のやるべき仕事はコンサルタントじゃないかもな」と1月の大阪の空をぼーっと眺めていました。

朝起きて楽しいと思えない仕事をしている時点で、既に選択をどこかで間違えているのかもしれない。そう感じた26歳の冬でした。

転職先をestieにした理由は直感です

  • 「何をやるか」「どうやるか」を考える自由が大きい会社
  • 他のメンバーのために働きたいと思える会社
  • 未知のものをやっていて、ユニコーンになる可能性のある会社

そんな漠然とした条件で転職活動をはじめました。

もちろんスタートアップで働いたこともなく、スタートアップの知識もないまま転職活動を始めたのですが、多くのアルムナイ(マッキンゼー卒業生)にお助けいただき、色々な会社を紹介してもらいました。

その中でビジネスモデルが良さそうに感じたスタートアップ数社から直接お話を伺い、週次ミーティングに出席させていただき、インターンをして転職先を絞っていきました。

二週間ほどインターンさせていただく中で、自分が自由に楽しく働き、活躍できるイメージが湧いた会社がestieでした。
転職するにあたって「活躍できるイメージ」は非常に大事だと思います。活躍しているほうが楽しいし、自分にも転職先の会社にとってもいいことですよね。

振り返ると、活躍できるイメージが湧いた理由は3つありました。

非常にオープンなカルチャーで自由に意見が言えた

インターンの時に参加したミーティングで、「こういうのはどうでしょう?」みたいな提案をした時に、「確かに!」とみんな新しい意見を笑顔で取り込んでくれました。今ではどのミーティングでも忖度せずに意見を言っています。

年齢に関係なくちゃんとお互いをリスペクトし、信頼する文化が根付いていた

現在のestieのメンバーは主に28~34歳くらいがボリュームゾーンで、自分より年上のメンバーがほとんどですが、不思議とestieでは年齢を意識せずに対等な関係でみんなと仕事ができました。

自分のできることの限界をestieのメンバーが決めてこなかった

この年の人ならこれくらいの仕事を与えておこう、という仕事の割り振りを行うのが一般的な会社にはよくありますが、estieは全くそういう働き方ではなく、1番適切な人が丸々その仕事を責任を持って推進していくスタイルです。やりたい仕事はどんどん自分で責任を持って、自分で進められるのが魅力的でした。

贅沢に2週間フル稼働でインターンした後に入社したので、estieでの働き方はよく理解した上で入社できました。インターン中に感じたことは、実際入社した今も全く一緒です。

会社とのフィットは自分のスキル・性格と、その会社の抱えているイシューやフェーズ・在籍しているメンバー等によって変わると思うので、転職を考えている人にはそこをしっかり考えた上で転職を決めるといいなと思います。

estieに転職した今

現在インターン期間を含め2カ月近くたったところです。

今やっていることは、非連続的な事業戦略に向けた事業のタネ作りで、 estieが集めたデータをただ売るだけではなくて、不動産DXプラットフォームとして存在するために何ができるかを考え、試行、証明しています。

「不動産業界を変える」という心意気は一丁前にあるのですが、そこへのたどり着き方や、実際に「変わった」という状態の解像度がまだまだ足りていないです。

今は完成図の分からないパズルの1ピース目を手に取ったあたりでしょうか。

この事業は3年後どうなっているのだろうか。我々は何を求められているのだろうか。日本の不動産業界はどういう状態にあるべきなのだろうか。そこにたどり着くためには今日何をしないといけないのだろうか。

そんな私は今日もアラーム音と共に飛び起きるようにベッドから出て(自分ではそういう感覚)、家のドアを勢いよく押し開け(まだ廊下の人にドアがあたったことはない)、スキップするように駅に向かい(心の中では)、未来への扉を開く気持ちでestieの社員証を自動ロックにかざして本郷のオフィスドアを押し開けました。

こんな日々がこれから先数年続くと思うとわくわくしますね。

さいごに

estieは現在順調に成長しており、ほとんどのポジションで新たな仲間を探しております。

事業開発チームでもまだやるべきことが山ほどあり、一緒に未来予想図を描いていくメンバーを募集中です。

私の転職話を読まれた方で、少しでも興味が湧いた方がいらっしゃいましたら、カジュアル面談でもいいのでお話しましょう。

本郷でお待ちしております。


橋爪

herp.careers